児童精神科医の臨床覚え書

¥4,730

●経験豊富な児童精神科医が子どものこころの問題をひも解き、実践的な対処法を解説!

 
診療の毎日から得た経験を、子どもたちの悩みに寄り添うものとして描き出し、医療従事者だけでなく、親御さんや教育に携わる方々にも何かしらの理解を伝えたい、そう思い続けていた――。こう語るベテランの児童精神科医が、子どものこころの問題をひも解き、病院、学校、家庭で悩む大人たちに実践的な対処法を伝えるのが本書です。
発達障害、児童虐待、子どものうつ病などへの関心が高まるなか、著者が長年の臨床で獲得した経験値と膨大な文献から得られたエビデンスを、やさしく解説します。精神科医はもちろん、小児科医や開業医、心理職、教育職の方に役立つ情報が詰まった1冊です。


【齊藤万比古先生(恩賜財団母子愛育会愛育研究所/元 国立国際医療研究センター国府台病院精神科部門診療部長)の推薦文】

 

 本書は児童精神科臨床の全容をわかりやすい文章で包括的に描き出した書である。もともとは病院薬剤師を主な読者層とする専門誌での連載であったことから,児童精神科治療についての解説が薬物療法に重心を置いていることは当然であるが,児童精神科臨床がまず薬物療法ありきの世界ではないことを明確に記している点にも注目してほしい。

 薬物療法以外の章,とりわけ子どもの精神疾患を解説している諸章を読むと,心理社会的治療や関連機関との連携などについても記されているだけでなく,外来治療と入院治療,とりわけ後者についてかなり詳しい解説がなされており,本書の際立った特徴となっている。これは著者が長く国立国際医療研究センター国府台病院児童精神科に在職し,児童精神科病棟での入院治療に深く関わってきたことによるだろう。

 さらに本書の注目すべき点を挙げるなら,一つは子どもの災害医療について詳しく触れている点である。国府台病院児童精神科は20113月の東日本大震災で甚大な被害にあった宮城県石巻市の子どものメンタルヘルスに関わる支援を,震災直後から同市の教育機関とともに10年にわたって実践してきており,著者はその中心的なメンバーの一人だった。その経験と,被災直後から数次にわたって子どものメンタルヘルス状況の継時的変化を調査分析することで蓄積した知見は該当する章の記述に見事に反映されており,一読の価値がある。

 注目点をもう一点挙げるなら,著者は各項目の解説にあたり国内のみならず海外の文献に広く目を通している点である。その結果,記された内容はこうした書物にありがちな著者の独善に陥らず,現在の児童精神科臨床の標準を示すことに成功している。その意味でも,児童精神科臨床を学ぶうえでの格好の解説書といえるだろう。

 それを認めたうえで,著者には本書を出発点として,いずれ児童精神科臨床の本格的なテキストまで育てあげていく展望をもってほしいのである。そのために各章,とりわけ心理社会的治療についての章を大幅に充実させ,広い視野で児童精神科臨床の全体像を提示する必要があるだろう。

 そしていずれは,児童精神科臨床における心理社会的治療とは個々の技法の臨床実践である前に臨床家の心構えであり,治療姿勢であり,治療の全体像を示す設計思想なのだという点を明らかにしてほしいと願っている。

編著
宇佐美 政英/著
発行日
2025年2月
判型
A5判
ページ数
448頁
商品コード
56402
ISBN
9784840756402
カテゴリ
目次

第1章 児童精神科診療

1.子どもを支えるときの基本的なこと

2.児童思春期の入院治療① 病棟の時間・空間・集団論

3.児童思春期の入院治療② 子どもが示す態度と治療者の心構え

4.子どものこころの診察① 予診編

5.子どものこころの診察② 初診編

6.なぜ開放病棟であることが大切か

7.認知行動療法の基本

8.児童精神科医という仕事

 

第2章 子どもと精神疾患

1.子どものうつ病と自殺

2.子どもの拒食症

3.ADHDの特徴と診断

4.ADHDの治療と治療薬

5.ADHDと睡眠の問題を考える

6.自閉スペクトラム症

7.自閉スペクトラム症に対する補完代替医療

8.黙する子どもたち

9.抜きたくないのにやめられない抜毛症

10.手洗い,確認が止まらない強迫症

11.児童思春期の統合失調症

12.子どもにみられる睡眠障害と睡眠薬

13.子どもへの睡眠衛生指導

 

第3章 薬物療法

1.子どものメンタルヘルスにおける薬物療法

2.ADHD治療薬の特徴とリスデキサンフェタミン

3.児童思春期に効果を認めない抗うつ薬たち

4.適応が限られている抗精神病薬の使われ方

5.抗精神病薬の副作用と注意点

 

第4章 子どもを巡るさまざまな問題

1.不登校・ひきこもりと青年期のこころ

2.児童虐待とメンタルヘルス

3.児童虐待とトラウマ治療 症例:大庭葉蔵

4.エナジードリンクは子どもにどんな影響を与えるか?

5.災害に遭った子どもたちと支援のあり方

6.No Game No Life 楽しくなければゲームじゃない

7.ゲーム行動症の特徴と治療法の模索

8.情報あふれる電脳社会と意思決定支援

 

第5章 多職種の連携

1.心理職と子どもたちとの関わり

2.多職種連携の必要性と実践

3.精神保健福祉士と子どもたちとの関わり

4.看護師と子どもたちとの関わり

序文

 ああ,恥ずかしい話です。私は深く考えもせず「子どものメンタルヘルス」をテーマとした連載を引き受けてしまい,それを何度も何度も後悔いたしました。連載とは,誠につらいものです。月が巡るたび,次の締め切りがひたひたと迫りくる様に私は打ちのめされました。国語の授業で居眠りしてしまった文豪の皆様,私は心から,いや,もう全身全霊で尊敬申し上げます。

 しかし,そんな私でも,連載を執筆することで児童精神科という現場の小さな灯火として,少しでもこの複雑なメンタルヘルスの問題に光を当てることができるのではないかと,どこかで自分を奮い立たせて参りました。専門知識を平易に伝えることに苦心し,言葉を選び抜きましたが,どうにも私の国語力の乏しさが浮き彫りになり,結局のところ編集者の吉岡さんにおんぶに抱っこでございました。そんな拙い文章でも,3年間の連載が形として結実したことは,いまでも不思議でたまりません。

 診療の毎日から得た経験を,子どもたちの悩みに寄り添うものとして描き出し,医療従事者だけでなく,親御さんや教育に携わる方々にも何かしらの理解を伝えたい,そう思い続けていたのです。その連載をもとに加筆・修正をした本書は,子どもを多職種で守り・育てていくという国府台病院児童精神科の長い歴史(その間に何度病院名が変わったか!)と,齊藤万比古先生をはじめとする偉大なる先輩方の指導に支えられ,まさにここに成り立っているものです。私もまた,子どもたちの心に寄り添うなかで,現代の家庭や教育現場が抱える問題に直面し,さまざまな視点を得る貴重な機会となりました。

 最後に,本書には,私が卒後すぐに入局した精神神経医学講座の教授であられた神庭重信先生より教わった精神医学の基礎と,国府台病院で学んだ児童精神科臨床を骨子として,私なりに最新の治療や支援についての知見を散りばめたつもりです。実生活に少しでも役立つものとなっておれば,それ以上の喜びはございません。どうか,子どもの心の健康に関心をもつすべての方に,この文章を手に取っていただければと願ってやみません。

 

国立研究開発法人 国立国際医療研究センター国府台病院

児童精神科診療科長/子どものこころ総合診療センター長/心理指導室長

宇佐美 政英